20089月議会は、5日に開会、12日から14日までの秋祭りを挟んで、1617日に一般質問、2224日一般会計決算審査、25日企業会計(水道、下水、病院)決算審査、29日議案採決、閉会の日程で行われた。これまでは12月議会で行われていた一般会計の審査が、財政健全化指標を9月末までに県や国に報告しなければならないことから、9月議会での審査に変わったため、長期間になった。

 杉山道夫は、3項目について質問したので、その要旨を報告する。

 

1、消防広域化に対する見解とそのメリット、デメリット及び見通しについて

 

 国では、災害や事故の多様化・大規模化、住民ニーズの多様化等、消防を取り巻く環境の変化に的確に対応するとともに、将来人口の減少に伴う消防本部の管轄人口の減少を踏まえて、市町村の消防体制の整備、確立を図る必要があるとして、平成186月に消防組織法を一部改正し、市町村消防の広域化を新たに盛り込んだ。

 これを受け消防庁は「市町村の消防広域化に関する基本指針」を策定し、各都道府県に通知、都道府県は、この基本指針を受けて「自主的な市町村の消防の広域化を推進する推進計画」を策定することとなり、青森県では、消防本部再編のための検討委員会を立ち上げ、検討の結果を今年の324日発表した。

 それによると、広域化に対する県の受け止め方は、現在進行しつつある消防を取り巻く環境の変化に対応して、市町村の消防体制を確立するためには有効な手段だと意義付けし、現在14ある消防本部を、青森、津軽、八戸、西北五、上十三、下北の6本部にして、これを2012年度までに実施する方針だという。

 今回の法改正に当たって国は、災害や事故の多様化及び大規模化、都市構造の複雑化、住民ニーズの多様化など消防を取り巻く環境の変化に的確に対応しなければならないが、小規模消防本部においては、出動体制、保有消防車両、専門要員の確保などで限界があることや組織管理、財政運営での厳しい面を指摘し、現状のままでは、住民の生命、身体、財産を守る責任を全うできない恐れがあると、広域化の必要性を強調し、同時に広域化による全国共通のメリットとして、具体的に次の6項目を挙げている。

災害発生時における初動体制の強化  統一的な指揮の下での効果的な部隊運用  本部機能統合等の効率化による現場活動要員の増強  救急業務や予防業務の高度化及び専門化  財政規模の拡大に伴う高度な資材や機材の計画的な整備  消防所暑の配置や管轄区域の適正化による現場到着時間の短縮…などである。

 さて、この線に沿って上十三地域でも広域化を推進するとなれば、その現状は、十和田地域広域事務組合、中部上北広域事業組合、北部上北広域事務組合、三沢市消防本部、おいらせ町が加入する八戸地域広域市町村圏事務組合の消防本部に関わりがあり、県が示すとおりの6ブロック本部制にするには、北部上北から平内町の除外、おいらせ町を八戸地域のままにしても、3つの事務組合と三沢市消防本部が関係し、この中には11の消防署と6つの分署・出張所があり、平内町を含めた単純計算で542名の消防職員がおり、上十三地域の8市町村の協議、合意が必要である。

 十和田地域広域事務組合が担当する消防業務について、どのような過不足があるのか、現時点で私はつまびらかでないが、一般的には国が示すようなメリットは考えられると思う。しかし一方では、当然デメリットもあると思う。十和田市の消防職員が皆、横浜町や野辺地町、六カ所村の地理に詳しいとは思われないし、広域にしたから救急車が現場に早く到着するとも考えられない。従って県が示したからといって単純に応じるべきではなく、自分たちの消防業務の充実度、達成率などをきちんと見つめ直し、どんなメリット、デメリットがあるのか。どの部分において効果が期待できるのか。必要性があるのか。その上でやるかやらないかを判断し、方針を決めるべきだと考える。

 国の資料によると、全国の職員の充足率は75%、青森県では更に低く基準職員数が3,824人であるのに対し現員数は2,555人だけで、その充足率は66.8%だという。やることもやらないで責任を放棄しておいて、あそこが弱い、これが不足だというのは、本末転倒な議論だと思う。

 いずれを選択するにしても、8市町村の協議、議論はしなければならないと思う。しかし誰がリードするのかも悩ましい問題である。一般的には規模、経歴、広域圏会長の立場から、十和田市長が中心的役割を果たさなければならないのではないかと思うが、下手に動くと出来るものも壊れるし、だからといって県に期待しても県は、自主的な市町村消防の広域化と自主性を尊重する考えを堅持しているので、依頼がないままで動くことは考え難いのではないかと思われる。

 このような情勢の中で、広域化にどう対応する考えなのか。以下何点か質問する。

 

質1 国や県が消防広域化を推進しようとしていることについて、どのような見解をお持ちか。

答弁 県の消防広域化計画では、県内6圏域の消防本部体制を取るとしている。これは、 通勤、通学、買い物などの日常生活圏、 二次保健医療圏、 既存の広域行政との整合性、などを重視したものであり、指摘するようなメリットも考えられ、今後、関係市町村で協議することになる。

質2 このことについて県からの指示、指導などが出ているのか。また、市は検討を開始しているのか。

答弁 平成186月「法改正」、7月「基本方針」提示、今年3月に県の「推進計画」が公表された。市町村は、法律や通達で事務を進める立場にあることから、県は今年7月に、関係8市町村の担当課長会議を開催して、概要説明をするとともに平成24年までに「運営計画」を作成するようにと指導を受けている。

   これを受けて、8月に上十三広域市町村圏協議会の担当課長会議を開催し、事務の進め方を協議した。今後は、市長の意向を確認しながら、広域化の事務を進めるとことになる。

質3 消防広域化問題で、市長は上十三地区の協議に向け、リーダー的役割を果たす考えがあるか。

答弁 上十三広域市町村圏協議会で協議しなければならない課題と考えている。(会長:十和田市長)

質4 広域化に対して国が示す一般的メリット6項目の他に、当市の消防業務を見た場合、どのようなメリット、デメリットが考えられるか。

答弁 現段階では、国が示す6項目メリット以外は検討していない。今後5年間で「運営計画」を作成する段階で、明らかになると考えている。

質5 平成12年に国が示した消防力整備指針に照らして、十和田地域消防の職員や車両等の充足状況は、どれぐらいか。

答弁 広域事務組合から聞いた内容でお答えする。消防署所数は、基準数5に対し、現有数4で80%、

  職員数は275人に対し166人で604%、車両数は18台に対し12台で667%である。

再質 消防職員意識調査の三重県の例では、8割が否定的という。これをどう見るか。

答弁 事務を進める段階で、広域事務組合消防の方で、職員の意向や意識調査なども行うと思う。

堤言 防災業務では、大雨、強風、地震など真夜中の発生もあるので、初動連絡業務は、24時間態勢の常備消防隊に委託したらどうか。

答弁 現在でも、防災情報ネットワークシステムを運用しており災害発生時の連絡は、消防にも同時に入る体制になっている。また災害対策本部の設置は市町村に義務付けられているので無理と思う。

 

2、定住自立圏構想に対する見解と取り組みの可否について

 

 小泉政権で進められた構造改革、税財政改革、規制緩和以来、国内の格差は拡大し、地方は長い停滞から脱出できず、経済業界はどの分野でも疲弊しきっている。農村部の小集落では限界集落と言われるほど、その存続さえ危ぶまれる現象が見られるなど、衰退が著しい。

 このような中で政府は、地方再生の取り組みの一環として、本年6月27日に『定住自立圏構想』を閣議決定した。これは国内各地の「中心市と周辺市町村が協定を結んで役割を分担する」というもので、地方都市と周辺地域を含む圏域ごとに生活に必要な機能を確保し、人口の流出を食い止めるという方策で、各府省庁連携して支援措置を講ずることにしている。

 総務省では本年7月、この定住自立圏の形成に先行して取り組む「先行的実施団体」となる市町村を募集し、各地で説明会を開催した。その結果、国内で20箇所ほどから応募があったと聞いている。

県内では八戸市が、この定住自立圏構想の推進で、周辺の7町村と合意に達したことを、議会答弁で小林市長が明らかにしたと、先日の新聞で報道されていた。

国がこの問題に取り組むのは、現時点での格差や地方の疲弊という視点ばかりでなく、我が国の将来を展望してみると、2035年になれば、総人口が1700万人ほど減少して1億1000万人になり、その内特に若年人口は700万人、40%も減少、逆に高齢者は1200万人、45%増える見込みであることや、更に視点を変えてこれを分析すると三大都市圏では530万人が減少するのに地方圏では1170万人の減少となるなど、地方での変化が顕著であることが分かったからである。

そこで、地方の中心都市と周辺自治体という一定の圏域内で、人材の確保や育成、公共交通の維持、地域間交流の推進、経済基盤の確立、環境や防災対策の強化、文化、医療の確保等によって、地域社会を再生し、住民に安心を供給することが喫緊の課題であるとして、都市と地方が共に支え合う「共生」の考え方を具体化し、地方圏の人口流出を食い止めるダム機能を持たせ、日常生活に必要な各種機能を備えた圏域の在り方やその実現方策を検討して出されてきたものが「定住自立圏構想」である。

 このような考えに沿った事業の運営は、既に十和田地域においてもたくさん実行されている。十和田地域広域事務組合が扱っている消防、給食、火葬場、ゴミなどの業務は、正にこれに当たるし、その他にも数多く存在する。

 市長は合併問題で、当初、近隣16市町村構想を発表した。結果はご承知の通り十和田湖町との合併で終わっているが、その後の質問に対しても今後も追求するテーマだと述べて来た。しかし現実的には、再合併は、近い将来を見てもかなり困難な課題ではないかと私は見ている。16市町村構想を出す段階で、市長の腹の中でどの程度の見通しや確信があったのか、内部議論がどのように行われたのか、必ずしも明確でないが、ただ一つ、これからは30万規模の市でなければ、認めてもらえないのでないか、また長い間多くの業務や事業で事務組合を構成してきた必要性や、信頼関係があるからだと理由を説明して来た。その考え方は説得力のある完璧なものと言うほどでもないが、一理はあると思う。

 そこで再合併は直ぐには実現性が低いと思うので、合併ほど自治体業務の全部を一本化は出来ないが、

それぞれの自治体に不足している面を相補い合いながら、圏域全体で一つの自治体のように運営する、重複する施設建設などの無駄を排除し、圏域内の他の自治体の要望も生かしつつも、しかし行政の基本は各自治体ごとに運営し、定住圏として必要な事項は契約で確認して実行する、そして圏域の一体化を図る考え方、運営の仕方は、市長が言うところの16市町村合併を今後も追求する一つの手法にも通ずるものでないかと思うのだがどうだろうか。

 もし周辺市町村が同意すれば、事務組合による結びつきに勝るとも劣らない関係を作ることが出来るのではないかと思う。

 定住自立権圏構想は、今述べたような行政区分、行政構造論だけでなく、産業面、福祉面、環境面等あらゆる面において、既存行政事務だけでなく、新しいことに向けて契約することが可能であり、特にこの周辺の各市町村は農業が基幹産業という共通性もあり、農業農村経営の困難度も共通している。

 このような考えから、定住自立権構想に対して何点か質問する。

 

質1 まず、国の説明会に参加したのか。

答弁 今年の81日、東北、北海道を対象に、仙台市で開催されたが、当市は参加していない。

質2 市長は、この定住自立圏構想について、どのように受け止めているのか。

答弁 この構想は、人口5万人以上の市を中心にして、周辺市町村と協定を結んで、地域の自立のための役割を分担しながら、経済基盤の確立や地域の活性化を目指すものだと理解している。現在は、先行モデル地域を指定している段階なので、近隣市町村の意向も十分尊重し、国や関係機関の情報を収集し、庁内でも勉強していきたい。

質3 市長が当初提案した16市町村合併構想との関係で、定住自立圏構想をどう見るか。

答弁 広域合併の必要性の考え方は現在も変わっていない。この構想は広域連携を進める一つの手法であり、広域合併構想といくらか関わりがあると思う。

提言 当市周辺の各町とも産業構造が似ている。農業中心だ。定住圏構想研究委員の小田切明大教授による、山口県の中山間地域での農家調査結果を見ると「後いくら月収が増えればよいか」の問いに、5万円と答えた層が一番多かったと言う。

   また現在、我が国の全農産物の生産額は、生産者ベースで12兆円ある。それが消費者ベースでは80兆円になっているそうだ。流通段階での付加価値というか、加算額が如何に大きいか分かる。

   この辺に農業分野の取り組むべき課題、視点があるのではないか。周辺地域と協同で取り組めば大きな効果が期待出来ると思う。国の言いなり、国の下請けではなく、地域農家の生活が向上する

  施策を考え出すように努力すべきだ。

 

3、コ燃料の採用についての見解について

 

 7月の洞爺湖サミットは、別名環境サミットと言われた。今、各国に共通する最大の課題は地球環境、温暖化問題である。地球誕生から46億年、光熱と炎の地球を経て、生物が誕生したのが40億年前、霊長類が現れてから6500万年だ。アフリカに猿人が出て来るのが500万年前、150万年前には原人、20〜30万年前に旧人、ネアンデルタール人の出現が10万〜3万5000年前、現生人類とよく似た人類が現れたのがようやく2万〜1万年前である。

 その後、縄文・弥生の頃から我が国の文明を持った歴史が始まる。

世界では、中国やインド、エジプト、アラビア、中南米などで、高度な古代文明の存在が遺跡などで解き明かされつつあるが、これらの文明でも自然との共存、自然物の利活用の域を出ていない。

 我が国でも、卑弥呼の大和時代から江戸時代中期までは、生活も文化も大いに発展を続けたが、まだ地球に大きな負荷をかけるような生活スタイル、産業構造ではなかった。イギリスに始まった産業革命は1760年から1830年頃までの、蒸気機関を中心とした産業の機械化だが、燃料は石炭中心でCO2や黒煙の排出はあっても、地球の自然浄化能力を超えるほど多量の排出ではなかった。

 その後、石油が燃料や資源に利用されるようになったが、特に1880年代、ダイムラーがガソリンエンジインを発明、自動車に利用されるようになってから、各種のエンジン開発や大型化が進み、石油の消費が爆発的に拡大した。我が国で、初めて秋田市の油田が開発されたのも1935年である。

 このように世界や我が国の流れを見ると、地球温暖化の最大原因とされるCO2排出量が急激に増大し始めたのは、精々1900年代から現在までの100年余り、石油が利用され始めたときから見てもたかだか150年の出来事である。

 この100〜150年は、視点を変えると人類史上最大の発展を遂げたことになるが、地球にとっては、最大の発病、危機を生み出した期間でもあった。人類が、歴史上最大の文明の発達と経済の発展を遂げて手に入れた豊かさと生活の利便性とは裏腹に、地球は痛みを訴え始めていたのである。

発展の原動力が大量の化石燃料の消費であり、大規模な自然破壊であった。その結果、CO2が大量に発生し、地球の温暖化が進み、現在では、北極の氷河の融解、極北地方の永久凍土の溶解、海水面の上昇、異常気象の頻発などが指摘されている。このまま進めば、予想を超える被害の拡大、地球が破壊する事態も考えられ、温暖化防止、CO2削減が、世界共通の喫緊の課題となっている。

果たして人類は、このCO2の発生を抑制し、地球温暖化を防いで、地球と人類、全ての生命を守り続けることが出来るのだろうか。人間の欲望を理性的に抑えることが出来るのだろうか。

 僅か100年でここまで来たことを考えれば、相当強い規制をかけなければ、将来、地球の寿命が何年持つのか心配である。全人類が、我が国民が、このために何をなし得るのか。

 大きな目標は、京都議定書で定めたCO2など温室効果ガスの排出量を、1990年排出量比で6%削減することである。しかし、この取り決めはアメリカの反対で実効性に疑問が持たれているし、この間にも確実にCO2は増え続けてきた。

 日本政府はこの目標達成のため、環境への負荷の少ない機器類の開発や業界別の削減目標設定、自治体への取り組み指導などを実施しているが、必ずしも満足出来る効果を上げていない。しかし国民全体の意識は確実に高まっており、ゴミの分別回収や資源化はどこでも取り組まれているし、環境問題に取り組む企業の評価は高まっている。

 市でも、エコ・オィフスプランを定めて、庁内の取り組みを進めているが、まだまだ弱いと思う。

そこで、環境問題について、何点か質問する。

 

質1 市では、エコ・オフィスプランを定めて取り組んでいるが、効果はどう出ているか。

答弁 平成19年度は庁内における事務事業で消費されたエネルギー等から算出して、二酸化炭素換算で10260トンの排出だが、これは平成17年度の基準年の排出量10383トンと比較して12%の削減である。

質2 市の公用車に、てんぷら油から再精製したバイオディーゼル燃料を使用する考えはないか。

答弁 バイオディーゼル燃料は、二酸化炭素を増加させない、再生可能、燃料高騰対策等の面から注目されている。市内でも、自社で精製、使用の例も聞いている。しかしディーゼル車は、本来軽由を

  使用することを前提にして、最高効率が得られるように設計されており、冬期のエンジントラブル、ランニングコストの面で、未解明、未確定の点もあると言う。従って、今すぐに公用車に使用することは考えていない。

提言 私が聞いたところでは、バイオ燃料1リットル=120円と言っていた。これだと市価より安い。自社価格かもしれない。エンジントラブルも考えられる。しかしやらないと拒否するのではなく、どうすれば市でも使用できるか、エコ・エネ推進に何が出来るか、と前向きに対応してほしい。

 

質3 市内企業で、てんぷら油を回収して、ディーゼル用燃料に再生しているところがあるが、環境問題の観点から、市民への宣伝などで回収に協力する考えはないか。

答弁 てんぷら油の回収は、本来広域事務組合の仕事だが、今は薬剤で固めるか、紙や布に染みこませて「燃えるごみ」として出すことになっている。市民からの問い合わせには「どこの会社で、回収して燃料として再生しているところがある」などの紹介は可能である。

質4 CO2削減のため、市民生活の中で目安になるような行動例を示して、取り組む考えはないか。

答弁 温室効果ガス削減のためには、市民一人ひとりの取り組みが重要だと考えている。これまでは、「広報とわだ」で、電気のスイッチを切る、アイドリングをやめる、緑のカーテンを活用するなど、省エネ記事を載せてきた。今後は、省エネ行動ごとに温室効果ガス削減数値を示して、個人や家庭でも目標を定めて取り組み易いように、啓発・啓蒙していく。

 

 

十和田湖の境界決まる

 

 これまで、なかなか決まらなかった十和田市と小坂町の境界(同時に青森県と秋田県の境界にもなる)が漸く決まることになった。両町の関係者の粘り強い協議、交渉の結果であり、心より拍手を送る。

 先日、市立図書館で、全国の境界未定地のことを書いた本「県境未定地の謎」に出会った。それには十和田市と小坂町の未確定のことも当然載っていた。長い歴史の中の経過があったので、関心のある人のため、ここに転記する。

 

 青森と秋田の境界に横たわる十和田湖の県境はどこ? 

 養殖漁業の免許取得から発生した県境問題

 

 青森県と秋田県の境界に横たわる十和田湖は、全国から多くの旅行者が訪れる東北屈指の景勝地で、両県にとってはドル箱的な存在の観光地である。しかし、地図を開いてみても十和田湖の湖面に、県境を示す境界線は記入されていない。県境未定地なのだ。そのため、十和田湖の面積(61平方キロ)は日本の総面積に入っているが、青森と秋田両県の面積には含まれていない。各都道府県の面積を合計した数値と、日本の総面積の数値が合致していないのは、このような事情によるものである。

 十和田湖の周辺はもともと南部藩の領域であったが、廃藩置県後の1871年(明治4年)11月に、十和田湖西側の鹿角郡が秋田県に編入されたことにより、県境問題が発生することとなった。当初は特に県境が問題になることはなかった。十和田湖には魚類がまったく生息していなかったし、周辺は原生林に覆われた未開地。利害関係が生じるような要素がなかったからである。県境問題が表面化してきたのは、十和田湖畔に人々が住み、十和田湖で魚類の養殖が行われるようになってからである。

 1890年(明治23年)、十和田鉱山技師の和井内貞行と十和田鉱山所長の鈴木通貫、宇樽部に住む三浦千八の3名は、青森・秋田両県知事に十和田湖での養殖願を提出。1893年に8年間の期限付きながら十和田湖使用の許可を貰った。養殖は失敗に終わったが、成功への足がかり掴んだようである。

 1901年(明治34年)に漁業法が施行されると、和井内貞行は彼らを出し抜いて、単独で秋田県に養殖願を提出し、漁業権の免許を取得した。十和田湖における業業は和井内が独占することになったのである。和井内貞行といえば、支笏湖産のヒメマスの養殖を成功させた人物として知られ、その業績は高く評価されているが、一方では仲間を裏切った卑怯者でもあったといえよう。

 秋田県側にこのまま漁業権を独占させておくと、やがて十和田湖全域が秋田県の管轄になりかねないと、青森県は1903年(明治36年)、十和田湖の県境問題に関する協議を秋田県に申し込んだ。青森県は当初、十和田湖北岸の御鼻部山と、南岸の神田川の河口を直線で結んだ線を県境とすることを主張、秋田県もこれに同意した。

 しかし、このラインを県境とすると、中山半島のほとんどが秋田県の領域になってしまうばかりではなく、南部藩累代が崇敬していた坂上田村麻呂創建の十和田神社までもが秋田県側に持っていかれてしまうことが判明。そのため、青森県はこの提案を撤回。県境問題は白紙に戻った。それから紆余曲折が続いたが、1950年(昭和25年)に漁業法の改正で十和田湖の漁業権が和井内の独占から解放されて以来、漁業紛争、県境紛争は沈静化した。

 しかし、いずれは解決しなければならない問題である。2003年(平成15年)になって県境問題の解決を図るために、十和田湖町(現・青森県十和田市)と小坂町(秋田県)のあいだで協議が重ねられた。そして同年末には、 中山半島は十和田湖町(青森県、現・十和田市)に帰属する。 湖面の割合は十和田湖町6に対し、小坂町4とする。 湖北側の陸地部分は御鼻部山の山頂から、両町が主張する境界の中間点とする、という秋田県側が譲歩した内容で合意に達した。これで130年あまり懸案になっていた十和田湖の県境問題は、やっと解決するものと思われた。

 ところが、土壇場になって小坂町が難色を示し、結局は物別れに終わってしまった。そんなわけで、十和田湖はいまだに県境未定地なのである。